今は習い事をやっていない子どもを探すのが難しいほど、小学生も中学生も、皆さん習い事をされていると思います。英語、ピアノ、水泳、ダンス、書道、華道、最近だとロボット教室、空手、サッカー・・無数にあります。

中には、子どもが、せっかく始めた習い事を「やめたい」と言ってくることもあると思います。
そんなとき、どうすればいいのだとう・・やめさせるか、無理にでも続けさせるか、悩む保護者の方は多いと思います。

我が家の小学一年生の息子も、空手を習っていました。「いました」というのは先日、やめたからです。
やっぱり親としては辞めてほしくなかったです。正直。 「本当にやめたいのか?」と、いわば尋問のように問い詰めていたと思い、反省しました。

その反省をもとに書いています。

習い事はどこまで頑張ればいいのか。「3回辞めたいと言ったら限界が来ている」

習い事を始めたら、子どもは「やめたい」と一度は言うもの。その時、どのように声をかけるかは親の価値観によって違うと思います。

「決めたことは最後まで根性でやり通しなさい」「合わないならしょうがないから、ほかのことをやろうか。」・・・声のかけ方はたくさんあると思います。

メンタリストのdaigoさんは著書の中で、「3回やめたいと言ったら、限界」と提案されています。

習い事をやっていれば、一度は必ず壁にぶつかります。子供は一度はやめたい、というものです。その時は「壁」の存在を伝える。2回目にやめたいといったら、「もう少し頑張ってみたら?」と続けさせる。この壁を乗り越えると続けられるそうです。しかし、やっぱりやめたいというとき、3回同じ訴えをするときは限界を超えているということだそうです。

親の劣等感

3回以上やめたいと言って、子供が泣いていやがっているのに、「最後までやってほしいのよ」といって威圧するのは、かなりのプレッシャーではないでしょうか。
ゴールが見えればまだいいですが、それもなしに「最後まで」と言って続けさせるのは、子供にとって地獄だな、と思います。何が地獄を生むのでしょう。

子供は向いていないと気づいて、やめたがっていても「私もパートを頑張って月謝を払うから続けなさい」などという人は、自分の強さを示して自分の劣等感を埋めようとしている、という見方もあると聞いたことがあります。

子供のころから「自分は認められていない、認められたい」と思いながら劣等感を持って育つと、大人になっても自分が世間から不当に扱われていると思い込み、認められない悔しさを子供に対して愛情という名で晴らそうとするのだとか。
そうやって嫌なことをいやいや続ける子供は、お母さん、お父さんに言われたことを頑張らなければ認められない、という「劣等感」をもって育ち、負のループに陥ります。怖いですね。

「こうでなければならない」という完璧主義を捨ててみましょう。私も日々勉強です。

信頼する覚悟

結局、大事なのは自分に自信を持って、自分と子どもを信頼するということでしょう。しかし、それって結構覚悟が要ることだと思います。

私も、どこかで「子供がいじめにあったとき、空手をやっていれば安心」という変な観念がありました。それと、素晴らしい空手の指導者だったので、この先生に習ってほしいという勝手な私のエゴもありました。

私は、子供がいじめの経験をしたら、この先生がいなくなったら、と想像するだけで怖くて、見張っていただけだったようです。その結果、本当にやめたいのか、なんて尋問のように言っていたのでしょう。そしたら子供は本当のことは言わないです。

しかし、そもそも、起きてもいないことを心配する必要もないし、この子は何があっても大丈夫、と信頼すればいいだけの話でした。

子育て本とかを読むと、「勉強しろ」と言ってはいけない、なんてよく書いてありますが、そんなことできたら苦労しないよ、と思います。親が「勉強しろ」と言わないというのは、かなりハードルが高いですよね。そんなこと簡単にできません。

「勉強しろ」といってはいけない、の本当の意味は、勉強しなくても、この子はやっていける、と信頼する自分もそのことを受け入れてやっていける、と信頼する、ということだと思います。これは、かなり大変です。

そのために、親は自分の劣等感を克服し、自分に自信を持たなければならないと思います。そうすれば、「ありのままの」子供を認めることができるかもしれません。

子供が習い事で頑張る以上に、親がするべき勉強は、これなのかな、と思います。

塾でも

英語塾をやっている私のような人が3回やめたいと言ったらやめさせる、なんていうのはおかしいかもしれません。

しかし、教育の目的は子供が幸せになるため、なはずです。

塾でも、やりたくない、やりたくない、という生徒には、無理をしなくていいと正直に伝えます。
けれど、私は中学から英語が大好きで、英語が楽しくて仕方がない変わった人なので、もちろん、「やりたくない」と言われないように、英語を学ぶ意味、楽しさをを最大限伝えていけたらと思っています。