受験が近づき、志望校を決定する時期になってきました。

私は例年、男子生徒に、桜の聖母高校(女子校)に行ってはどうか
という、極めて反応に困るであろう、かつ、全く笑えもしない冗談を毎年言っているわけですが、

「そこ、女子校ですよ!」と笑って反応してくれていた生徒たちも、

冬が近づくにつれて、
「・・・(あぁ。この人、また言ってるよ。)」という具合に、
反応を示さなくなります

いいのです。どうしても言いたいだけですから・・

男子生徒が女子校に行けない、というのは、
今の所仕方のないことです。

変えられない現実です。

ゼロイチ思考をやめよう

しかしながら、日常でも、知らず識らずのうちにこれと同じような思考をしてしまうことはよくあります。

[st-mybox title=”” fontawesome=”” color=”#757575″ bordercolor=”#f3f3f3″ bgcolor=”#f3f3f3″ borderwidth=”0″ borderradius=”5″ titleweight=””]偏差値40の私は、どうせ勉強しても無理。

勉強しても無駄だから、やらない。

新教研のテスト、最悪だった。もう終わりだ。[/st-mybox]

これは、男子生徒が女子校に入学できないのとはワケが違います

こういうのを、ゼロイチ思考などと言ったりします。
[st-mybox title=”” fontawesome=”” color=”#757575″ bordercolor=”#f3f3f3″ bgcolor=”#f3f3f3″ borderwidth=”0″ borderradius=”5″ titleweight=””]白か黒か
勝ちか負けか[/st-mybox]

というように、ゼロか、イチか、で考えてしまうという意味です。

勉強しても無駄だから、やらない。
→勉強する(イチ)or無駄だからしない(ゼロ)

新教研テストが最悪だった。終わりだ。
→テストが最高だった(イチ)or全くできなかった(ゼロ)

という具合に、白黒思考、ゼロイチ思考に陥っている状態です。

そう。dead or alive?状態です。

勉強だったら、「やるかやらないか」ではなくて、5分くらいやってみようかな、でもいいのです。

テストだって、読解はボロボロだったけど、文法はよくできたな、でもいいのではないでしょうか?

英語学習はゼロイチ思考の宝庫

日本の英語教育は、ゼロイチ思考の宝庫です。

例えば

[st-mybox title=”” fontawesome=”” color=”#757575″ bordercolor=”#f3f3f3″ bgcolor=”#f3f3f3″ borderwidth=”0″ borderradius=”5″ titleweight=””]会話ができなくなるから。文法は不要だ。

暗記に偏った英語学習は続かない。暗記は不要だ。

会話なんてやってないで、文法を固めなさい。

リスニングは受験で使わないから、英語を聞かなくていい。
[/st-mybox]

単語ばかりやっていると英語が読めなくなりますが、「単語が不要だ」というわけではありません。

大事なのは覚え方です。単語帳だけの意味と、実際の文脈の中で使われている「文の中の意味」は異なることが多いです。
なので、単語と同時に、多読することがどうしても重要になるんです。

最近は「暗記ばかりしてはいけない」という声が聞こえてきますが、英語学習で暗記がない、というのは想像もできません。

文法も大事だし、暗記も大事だし、リスニングも会話も大事です。

「バスケットは楽しんで覚えよう、ルールなんて、覚えないで、プレーしながら覚えればいい!」
「音楽は感覚が大切です。楽譜の読み方や楽典なんて不要だから、とにかく楽器を演奏しよう。」
って言われたら、なんか変じゃないですか?

なぜか、英語学習だと「文法は不要」というようなゼロイチ議論が生まれます。

重要なのは、どうやって学ぶか、順番はどうやって学ぶか?ではないでしょうか。
そして、自分にあった方法で学ぶことかと思います。

ウザワでは、広い全体的な英語を与えて、4技能、どれにも偏らず、英語を学んでいきます。

ゼロイチ思考をやめて、英語学習をしましょう。